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出会い
子犬のポコチコが死んでから実家では犬を飼っていません。私も高校・大学・社会人もどきと充実した青春を過ごしていました。そして人並みの恋愛、結婚となったわけです。
彼とどんな家庭にしていこうかとそんな話をしていました。(結婚を前にした恋人のありがちな会話です)すぐに私の口から出たのは
「犬を飼いたいっ」でした。

未来の旦那様はさほど犬好きではないものの嫌いでもなく、まぁ、それで私が満足ならいいんじゃないという程度のものでした。
さて、どんなワンコを飼おうかという話になったとき、私はどうしても拾ってきたチコの印象が強く、 若旦那はお金を出して生物を買うという事に抵抗があり(実際のところ若い二人にはお金などなかったのですが)じゃ、拾ったら飼う事にしようと決めました。
でもねぇ〜。捨てられたワンコにすぐさま巡り会える訳もなく……。あっという間に半年が過ぎました。

ある時、若旦那が耳寄りな情報を持って帰ってきました。
とある郊外の大きな某日用品店のペットコーナーに雑種のワンコを1000円で売っているというのです。(先日、久しぶりにその店へ行ったのですが、今は生体は扱っていませんでした)『それじゃぁ〜お金で犬を買う事になってしまう』という言葉が口から出る寸前、犬を飼うことでは策士に変身する私はとっさに
「じゃ、明日見に行こう!!」と叫んだのでした。

午前中に野暮用を済ませお店に着いたのは午後1時頃でした。
若旦那の情報通り日用品店のペットコーナーの店先に大きなケージが6個ほど並んでおいてあります。一つのケージには兄弟らしいおんなじ子犬が5〜6頭入っていました。その日は土曜日でしたので、たくさんの子供が手を伸ばしワンコたちをなでています。
隣のケージは1頭しかいませんでした。その子はケージの奥の子供たちの手が届かないところでじーっとしていました。あとのケージは空っぽでした。

 若旦那「この子がいいよ」
 私「うん。私もそう思った」

若夫婦は1頭だけでケージの奥に座っていた子を1000円で買って来ました。

こんな子でした
大人になったポコ穏やかな子でした。
臆病な子でした。
愛情表現の下手な子でした。
けんかはしませんが、よそのワンコと仲良く出来ない子でした。
家の人以外には決して心を開くことのない子でした。
我慢強い子でした。
ほとんど吠えることがありませんでした。
私の最高の子でした。
生涯で2回人を噛みました。
一人は若旦那。もう一人は大工さん。
たくさんの思い出
チコの時と同様ポコにもたくさんの愛情とかけがえのない時間・思い出をもらいました。
大人になって忘れていた新緑の美しさや落ち葉を踏みしめて歩く心地よさ。
そんな自然の美しさもポコを通じて改めて知ったように思います。
初めてウチに来た時のこと、
初めての雪の日の出来事、
一つ二つの思い出を書こうとすると、
他の思い出たちが『わたしの事も書いて』と大合唱しているような気がします。だから、ポコの事は最後の頃のことだけ書くことにします。
旅立ち
ポコポコの誕生日はわかりません。家に来てすぐフィラリア予防の為に獣医さんに連れていった時、獣医さんが歯などの様子から7月中旬頃が誕生日だろうと教えてくれました。
だから、いよいよ様子がおかしくなったのは13歳と10ヶ月の頃でしょう。

だいぶ以前からのどが腫れてました。獣医さんに連れて行きましたが、詳しい事は病理検査をしてみないとわからない。
私たち中古夫婦は選択を迫られました。
一つは手術をして患部を切除し、病理検査をする。そして、一日でも長く生きられるように最善をつくす。
二つ目はなにもせず・・・
このままの状態で天命を全うさせる。

私たちは二つ目を選択しました。
ポコが家の人以外には心を開くことがないワンコだったこと、そしてケージに入れたことがなかったので入院させることが逆にストレスになってしまうと考えたのです。
年齢的なこともありました。全身麻酔の手術がどれくらいの体力を奪ってしまうことになるのか。
そして、この選択は間違ってはいなかったと思っています。

ある春の日、ご飯が食べられなくなりました。おそらくのどの腫れが食道を圧迫してきたのだと思います。でも病院嫌いで首輪が抜けるほど抵抗し、注射器をみるとパニックになってしまうようなポコを毎日病院に連れて行き、長い時間注射針を刺して点滴をするのは無理な事でしょう。
そこで、流動食をあげることにしました。一度にたくさんの量を食べることは出来ないので一日4回流動食をあげました。食べたあとは食道が特に腫れるようでしたので、アイスノンを首につけました。プロポリスという腫瘍に効果があるものも与えました。鎮痛効果もあるそうです。

寝る前に毎晩、ポコに話しかけました。
『頑張ろうね。おまえは一日でも長生きをしなくちゃいけないよ。そしてどうしてもだめになったときは私の膝の上から行かなきゃだめよ。』

ポコは半年頑張ってくれました。そして、いよいよ近いなと感じたある晩、初めてこう言いました。
『頑張ったね。もう、行きたい?いつ行ってもいいのよ。でも一人で行ってはだめよ。私の膝の上から行くのよ。』と。

それから一週間くらいだったでしょうか。
ポコは約束通り、私の膝の上から旅立ちました。

今でもポコは私の為に半年頑張って生きてくれたんだと思っています。
「ありがとう」

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